酒飲んで死す。

みなさんはツイッターをやっていますか?

ツイッター(Twitter)ではなくても、フェイスブック(facebook)でもグーグルプラス(Google+)でもミクシイ(mixi)であっても、なにかしらのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を利用しているのでしょうか。ICT総研の統計によると、日本のネットユーザーの実に60.5%がSNSを利用しており、その数は6023万人になります(2014年末時点)。この数値はいまなお増加傾向にあり、今後も登録者、利用者が増えていくことでしょう。さらに、このデータはネットユーザーを対象としたものですが、スマホユーザーに調査対象を絞ると、利用率は7~8割程に収束すると思われます。それほどいまの時代にSNSは必須のツールになったのだということです。

まあ前置きはこれくらいにして、本題に入ります。前述した利用者数というのは、あるSNSに登録した時点の数を集計した値にほかなりません。これは登録者のソーシャルな行動を追跡されていない、もしくは究明されないことになります。ということは、SNS利用者のなかには少なからず、登録のみにとどまる者やその利用に消極的な態度を示す者(ネガティブユーザー)が存在していると考えられます。典型的な例がフェイスブックでしょう。

フェイスブックは利用者に実名での登録を推奨しており、比較的オフィシャルなSNSとされ、企業によっては新入社員に登録を義務付けているところもあるようです。フェイスブックはこの仕組みから登録者を獲得し続けてきました。希薄になりかけていた過去と現在の人間関係の修復と強化に寄与しました。しかし、利用者にしだいに変化が見られるようになり、その使い方もより限定的になります(ある意味で各SNS間での分業と提携が進み、幾分か各々の役割が確立しつつあるのも一因でしょうか)。そのようにして、ユーザーは行為者とそれを見る傍観者に二分化されてしまうのです。

こうした構図は他のSNSについても同様に当て嵌まります。いずれもネガティブユーザーが多数派となるようで、積極的に情報を発信するアクティブユーザーは少数派になりかねます(あくまで私見です)。逆のケースはあまり見受けしないですね。おそらく情報や意見を発信することは、少なくない労力を費やす行為であって、それに見合った対価が得られないと判断し、価値を見出すことができなかったというのが主な理由でしょう。新たなSNSが次々にリリースされる昨今、思考停止のままそれに登録して自らとくに何も有益な事を発することなく、ただタイムラインを閲覧するだけのネガティブユーザーに成り下がっているのです。

“同調現象”という言葉があります。社会心理学の用語で、ある意見が同調されることでそれがついには人々の総意となることです。意見を持たざる者が意見を持つ者に加担することで、その意思は増幅していき、その方向性の正誤は問われずに大きなうねりとなります。情報の齟齬が生じるのはこうした事象に因るのでしょう。そうならないためには、情報の真偽を見抜くことになるのですが、そう簡単にはいかないのです。ではどうすればいいのかというと、考えられるのはやはり発信源になるしかないようです。発信者になれば少しはまともに物事を評することもできることでしょう。とはいえ決して楽なことではないのですが。

その意味でSNSの空間は、酒場に似ています。人たちは客として店に入り、商品やサービスを享受して、その対価を支払い出ていきます。この一連の流れが繰り返し続いていきます。もしかすると、人たちはSNS内の幻想に酔いしれているのでしょうか。

TKY201309040234



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